Miyoko Fujitani2008年10月、後半の人生を健康に関わる仕事がしたいと模索中に、奈良ラフタークラブで笑いヨガの初体験をし、面白いから笑う!ととらえていた私が、冗談やユーモアのセンスが無くても、誰でも簡単に笑える事に衝撃を受けました。「私でも笑える!」「これだ~!」「世直しだ~!」と思い2009年4月にリーダー認定を受けました。

私は、父が大酒飲みで、いつも貧乏で夫婦喧嘩の絶え間のない家庭で育ちました。何かを欲し、何かを望もうとすると打ち砕かれ本当に裏切られ、人間不信に陥っていました。何でも自分で考え、自分で行動しなければ前に進まない!お蔭で自立心の強い人間になりました。しかし、不安だらけの自立心は肩肘張りながら、世の中の不幸を全部背負ったような顔つきで生きることになり、看護学生の頃ついたあだ名が「若年寄」。まー!生まれてからずーと、苦労を背中にしょって来て、私は不幸と思っていて、本当にブス顔だったのだろうと思います。一生懸命になれば成る程、表情は硬く、笑えていないのです。

結婚してからも家業の商売が嫌いで本当に笑いたくても笑えない人生を送ってきました。

ある時、ある人が私の親戚の集合写真を見て「藤谷さんって、笑うのだ~!」と言った一言で、普段自分が心から笑って居ない事に気づかされ、それからは笑うこと、笑顔を作ることの努力をしました。顔をゆがめたり、作り笑顔をしたり、口角を上げてみたり、でも直ぐ元のへの字に戻るのです。

取り越し苦労の多かった母に、育てられ、知らず知らずのうちに私もネガティブな言葉や先の心配ばかりしているのです。こんな自分を変えたい!笑いたい!と願っていました。

そんな時に笑いヨガに出会ったのです。「これだー!」 「神が下りてきたー!」 と思えるほどでした。

ラフターヨガ・笑いヨガを続けることで、あれ程硬かった私のココロとカラダがまるで氷が溶けるように少しずつ溶解していくのを実感できました。私の生活にポジティブな言葉があふれるようになってきました。すると、ココロがとっても軽くなり、笑顔を作るのが楽になり、余裕ができ、食べ物や生活習慣も考えられるようになり、冷え性、便秘、肩こりなど体調も整ってきました。

2011年3月11日東日本大震災の時に、「早く笑いヨガを広めないといけない!」と思い第1回インド・ティチャー養成講座ツアーに参加し、Dr.マダンカタリアに師事、ティチャー認定を受けました。

そして、それからは、笑いヨガクラブ、リーダー養成講座、出前講座、福祉関係へと笑いヨガの種まき活動をしています。

①   どんなに笑おうとしても笑えなかった私が笑うことができるようになりました。

②   時々暗い表情に戻ることが有りますが、直ぐに切り替えて笑顔や笑いを作れるようになりました。

③   ココロが強くなりました。

④   苦手な人、許せなかった人を許せるようになりました。

⑤   寛容な精神が培われたと思います。

⑥   自分が幸せだと思えるようになりました。

⑦   笑いを伝えることで、喜びを得ることができるようになりました。

今年、2月、5年振りにインドへ行って、5年前に掲げていたDr.カタリアの理想が着実に現実化しているのを見ることができました。笑って、踊って、歌って、遊んで、がより具体化し五感を使った瞑想やスピリチアルダンスなどどんどん進化しています。本物のココロとカラダの健康法であり、ドクターの言う世界平和へのいざないであることを理解することができました。

笑いヨガから沢山の福音を頂き、又、笑いヨガの誕生日が私の誕生日である事も、運命を感じ、皆様と一緒に笑うこと、一生涯笑い続けることが私の使命と生き甲斐になるでしょう。

ありがとうございます!

大阪府交野市 ありがとう笑いヨガクラブ交野 藤谷美代子(茶々)

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