濱元 洋子私と笑いヨガとの出会い 困難な時にも笑う

私が笑いヨガに出会ったのは2012年1月のことです。

友達が持ってきてくれた本の中に「一日一笑のすすめ」ということで「笑いヨガ」が紹介されていました。

その当時私の主人は病気にかかっていました。抗ガン剤の副作用で日に日にやせ細っていく彼を見ているのはつらかったです。私は6ヶ月間笑う気分ではなく、笑いを忘れていました。

そのときにこの本に紹介されていたyoutubeを開いてみたら「笑いヨガの基本の笑い方」という田所さんの動画があって、それを見て私は6ヶ月ぶりに笑うことができたのです。

そのとき、まるで体の中から毒が抜けたような気持ちになりました。

「あー 私まだ笑える」と思ったあのときの感動を今でも覚えています。
そこで、「よし!笑おう」と決めて一人で笑ってみたのですが、2分くらいすると飽きてしまい、笑うってこんなに大変なことなんだと感じました。

それで、「そうか。あの映像を5回見ると5分は笑えるぞ」と思いつき、毎朝出勤前にyoutubeを開いて、「笑いヨガの基本の笑い方」の映像を見てまねをして笑いました。鏡に向かって「やった!やった!イェイ!」をやると元気が出てきます。声も明るくなり、さわやかな気分で仕事に出かけられるようになりました。

その年の6ヶ月後、私は職場で足の骨を骨折してしまいました。ギプスをはめることになってしまい、3ヶ月間ベッドでの暮らしになってしまいました。どこにも外出できない日々。将来への不安。筋力0になってしまった自分の足。情けなくなり、気持ちが段々暗くなってきます。

そのときも私を助けてくれたのが笑いヨガです。youtubeで検索してみると、アメリカのロバートさんが10分間そこらの笑いヨガの映像をupしてありました。気分が落ち込みそうになると、この映像を毎日見てまねをして笑いました。

ようやく歩けるようになった頃、私は自画撮りをして、毎日一人で笑いヨガを実践しました。この方法は私にとても合っていて、自分の好きなメニューで笑うことが出来るし、もう一人の自分が自分のことを励ましてくれているようで、自分のことも段々好きになるという効果もありました。

その後ネットでラフターヨガクラブを探し当て、仲間と笑う楽しさを知りました。
2014年、沖縄から10名の仲間と一緒にインドにティチャー養成講座を受けに行きました。

カタリア博士が笑いヨガを始めた頃の話をなさっているとき、涙がこぼれてしょうがないので、テキストで顔を隠していました。400人近くの人たちに声をかけて、断られ続け、たった5人で始めた笑いヨガ。この方があのときあきらめていたら、私はどうなっていたのだろう。という感謝の思いが涙となってあふれ出てしまったのです。

家族が病気の時、自分が怪我をして滅入っていた時、私を助けてくれた「笑いヨガ」。この笑いヨガを「心が苦しくて笑えない人達」「笑って心も体も健康になりたい人達」に伝えたくて、現在普及活動に励んでいます。

沖縄県 あぱらぎラフターヨガ倶楽部主宰 濱元 洋子

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